雨の降らない星では愛せないだろう?

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爬虫類苦手な私が「シン・ゴジラ」を観てきた

ゴジラ関連のWiki漁りが止まらないよ!\(^o^)/

どうもこんにちは、ポルカです。本日はこのブログ初の(?)脱線をしたいと思います。お察しの通り、『シン・ゴジラ』がとても面白かったというお話です。

いやぁ、まさか私が職場の人に「シン・ゴジラ観た方がいいですよ!概要はこんな映画ストーリーはこんな感じでどう面白くて…!」って熱くプレゼンする月曜日を迎えるなんて思ってもみなかったよ!

そもそもこれまでの人生で怪獣映画に一切の興味を示したことがありませんでした。(観に行ったことはないけど)もし行くなら同時上映のハム太郎だけ観たいな…と思う子どもで、ゴジラシリーズの何が面白いんだろう?と、全くゴジラに魅力を感じたことはありませんでした。『ゴジラvsデストロイア』ってタイトルを聞いた時点でストーリーは大体分かるし、盛大なキャラクターものだからゴジラ自体を好きでないと観れない…そんな印象でした。

それに大事なことですが、私は、爬虫類が苦手。両生類も苦手。もっと言うなら魚類も得意じゃない時がある。そんな私が爬虫類映画を観に行って、おそらく超リアルな爬虫類感のある肌を大画面で観たいかって話ですよ!観ないですよ!きもちわるい!と大啖呵を切っていたものの、

 

ごめん…観ちゃった♡(てへぺろ

しかも1列目ど真ん中♡♡(首いたい)

ゴジラってかっこいい…!」と思っちゃった♡♡♡(弊社破壊して♡)

 

この『シン・ゴジラ』が話題になり始めた頃から、漏れ聞こえるストーリーや演出を知る度に、「たぶん本当に面白いんだろうな…私そういうの好きだろうな…」と思ってはいたんですよ。でもやっぱり爬虫類が苦手なので、観られるか不安だったんです。ホラー苦手なのを自覚してるのに貞子観ちゃったら夜トイレ行く時後悔するじゃないですかー。なので、映画館では観ないつもりでがんがんネタバレや考察を読んでました。すると当然ながら、そもそも怪獣映画が好きな訳でも観に行くつもりもないのに、歴代ゴジラシリーズを踏まえた『シン・ゴジラ』の見どころや歴史的位置づけ、庵野監督らしさの表象としての今作、舞台挨拶での出来事や流行っている台詞や石原さとみの英語なんかに詳しくなっていく訳です。 知れば知るほど面白そう…!観たい…!でも観たくない…!という狭間で揺れ動いていました。

結局観に行けたのは、友人たちとのノリのおかげです。「今から3人で観に行こうぜー!」となった2人のうち、友人Aはゴジラ好きで今作も鑑賞2度目(ちなみにその翌日に4D観に行っていた)、友人Bは流行りもの好き。私にとっては大いなるチャレンジでしたが、ゴジラが出てくるシーンは少な目と聞いていたので、1番きもちわるそうなシーンをやり過ごせばいけるだろうと踏んで臨みました。ネタバレを押さえていないと観ることはなかっただろうと思います。観終わった後に「まさかゴジラがああなるなんて!驚いたー!」と楽しそうに言っていた友人Bが本来の楽しみ方をできていて羨ましいほどでした。

 

さて、ここから長い前置きを終えて、内容の感想を記していきたいと思います。

※ネタバレ※になりますので!これから観に行こうと思っている方は、私のように事前にネタバレ踏みたいタイプじゃない限り(笑)回避よろしくお願いします。

 

ちなみに、私が回避したかったきもちわるいシーンとは、蒲田くんです。実際蒲田くん初登場でビビりすぎて、思わず手で目を覆うというベタな怖がり方をしてしまいました。目こわすぎィ!!!!そこから蒲田シーンはほとんど目をつぶってました(笑) 友人Bが新鮮に驚いていたのは「最初海から出てきたやつとゴジラが戦うのかと思ったら進化したー!」というところ。いいなー!私もニョキッって手が生えて驚きたかったなー!でも目をつぶってたから蒲田くんからニョキッのシーンを観てないんだよなー!(笑)

 

はじめての怪獣映画

ぶっちゃけ私は「ゴジラ」という生き物を観に行く目的ではなかったんです。だってこわいもん。こわいしきもちわるいしやだもん。でも終わった時にはゴジラのことが好きになってた。あれ?これアイドルでありがちなやつ!第一印象で苦手だと思った子ほど後にハマっちゃうやつ!

立ち姿一つにしても、すごくかっこいい。東京の街並みを足元に置いて立ち尽くすロケーション、広がる暗雲、首筋から背中にかけてのライン、背中と尻尾が切り取る空間の美しさ。そう、ゴジラは魅せ方を分かっている…!まるで舞台に立つがごとく、とても絵になる、それがゴジラ。知らなかった…。

それからゴジラが立った時。あのゴジラのテーマが響き、あの鳴き声がシン・ゴジラから放たれた。その時不覚にも感動した。おそらく初代とか他の過去作をしっかり観ている人の方が何倍も興奮しただろうとは思うんですが、まったく観たことない私にだって、かつてのゴジラに対するリスペクトや再構築をしっかり感じさせる場面でした。あの鳴き声、今までは耳につく嫌な音だなぁと思っていたんですが、全然思わなかった。空気を切り裂くようなあの鳴き声がむしろ心地よい感じがしました。

あと、ビームぴゅんぴゅん飛びまくり、尻尾ブンブン振り回しまくりの気持ちよさ!これも知らなかった…破壊が爽快!知ってる建物が壊されると「うわああああ、あそこもやられたあああ」って思うのと同時に「いけいけゴジラあああ、焼き払ええええ」って気持ちにもなりました。とんでもなく贅沢な感じ!それはヤシオリ作戦で東京駅付近の素材を全投入して攻撃した日本政府側にも言えるんですけどね。ロケーションが現実世界の現在の東京だからこそ、豪華に見える。

「怪獣に感情移入する」という経験も貴重でした。あの鳴き声…泣き声に聞こえて。事前に読んでいた考察のうち「シン・ゴジラ=牧教授」説が面白かったせいもあり、どうしてもシン・ゴジラのことを感情を持った人間のように見てしまうフシがありました。怪獣ものを見慣れていないせいで見方がズレているのかもしれないですが。振り絞るような叫び声、所構わず吐き出す炎や熱線、まるで感情が高ぶって制御のつかなくなった赤ん坊のようで…。また、無感情で巨大な動くものが名も無き人々や世界を傷つけていく様子は、これまでに観たもので言えば、暴走するエヴァ初号機ラピュタの砦のシーンのロボット兵を思わせました。ゴジラの悲しみに思いを馳せ、そうさせてしまった人間社会に思いを馳せ。たぶん、ゴジラ初心者にしては、かなり正解に近いメッセージ性を読み取れたんじゃないかなと思います。

 

現実vs虚構

家に帰って映画を反芻する度に、あまり意識してなかった「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)。」というキャッチフレーズがずしりとのしかかる。うーむ…すごい映画だ…。

この『シン・ゴジラ』は紛れもなくこの日本のたった今を映しています。何かが起これば、避難するよりもスマホで写メを撮る、動画が生配信され視聴者がコメントを流す、ツイッターで市民が独自に察知した不安情報を拡散する、異常事態が起こりながらも朝のワイドショーは明るい声のお姉さんがお届けする、電車は通常運転し学校や会社は休みにならない。それらは、紛れもなく映画館に入る前に観客が感じていた現実と地続きです。

現実をイメージさせるのはそれだけじゃない。シン・ゴジラの襲来は明らかに、東日本大震災津波原発事故における放射能を想起させる。初代ゴジラが生まれたタイミングが「戦後」である意味は語るべくもないと思いますが、このシン・ゴジラもやはり、「今」生まれるべくして生まれているんじゃないかなと思います。

なのにすごいところは、ギリギリのところであの映画の中の日本は虚構だということ。今、私たちの生きるこの日本に本当にゴジラが現れたら、誰もが「あの生き物はゴジラだ!」って言えるんです。虚構が実現したという認識、つまり、ゴジラゴジラゴジラがやってきた♪の概念がある世界です。ですが、あの『シン・ゴジラ』という映画の中の日本は、「ゴジラというフィクション」自体が存在しない世界線上にあるんですね。限りなく現実の日本に近いパラレルワールドシン・ゴジラが現れるというのが、この映画の面白さを確定づけたと思います。

「2次元の生き物が現実に現れた!」という状況に対処した訳ではなく、「謎の巨大不明生物」に対して戦う訳だから面白い。誰も知らない未知の生物に対して一から調査し対応を見極める作業、これは相手がゴジラだと分かっていたら省略される部分です。「初めて見たけどあれがゴジラだ!じゃあ映画で観たように対応するぞ!」ってなりますからね。観客(ゴジラを知っている世界の住人)にとってはじれったくとも、一つ一つ調べてゴジラを見極め、どこまでも「現実的」である法律や組織や武器で対応していく…そのノンフィクションがたまらない。

 

風刺映画としての「シン・ゴジラ

どこまでも現実から足を離さないゴジラへの対応。ですが!本当にあの政府は現実的か?っていうと、必ずしもそうじゃないところがまた面白い~!

会議を開くための会議を開いて会議室を行ったり来たりしたりを省かずに全部描いたのは、かなりリアリティを持たせた演出です。ですが、現実の日本政府を想定してください。私たちの知っている大臣たちは、自分の省庁の管轄業務やどこまでが可能不可能ここが限界どんな手続きが必要、っていうのを大臣自らが把握していて、閣僚会議で即議論できるでしょうか?できるとそう信じていますか?…映画を観ながら私は思いました。「こんなできる大臣たちいねぇよ!!!」(笑)

勿論、大臣のお仕事風景なんて私は見たことがないですが、そう信じることができない原因はなんなんでしょうかね。大臣ってその省庁の専門職じゃないって認識してるからですかね。下の報告を受けて決まったことに判を押すだけ…まぁ、それはそれでそういうお仕事だからいいんですけど。あの余貴美子さん演じる防衛大臣とかすごくないですか?まるで現場に出たことがあるみたいに、作戦の攻撃限界をあの場で断言できるって…できるトップすぎる!そんな上司、いないじゃないですかー!(笑)矢口蘭堂だってかっこいいけどあんな人いないよ~!残念!!

エンドロールからも分かりますが、明らかにあの防衛大臣は、現実のあの元防衛大臣をモデルにしてますよね。そこまで現実に寄せておいて、そこにフィクションを持ってきたというのが、とても面白い!リアルに描いているという前提で進む映画に、持ち込まれた非リアリティ性が強い部分、結果としてとても目立ちますよね。とてつもない風刺です。…ていうか、結果じゃないですよね、きっと。これは意図的な風刺です。

こういう上司いるいる!不確実なこと言っちゃったり即決められなかったり!と同意できる人物描写や日本的会議の描き方は紛れもなく風刺ですが、それを仕掛けにしたフィクション大臣も風刺…って、すげえー!そういうの大好きー!!すげぇー!

 

「私は好きにした 君らも好きにしろ」

石原さとみ(カヨコ)が「この国の捜査は優秀だと聞いているわ」とか「さすがおばあちゃんの国ね、仕事が早いわ」とか言う度に「お前それ本気で思ってないだろ!嫌味か!煽るなぁ!」(石原さとみ可愛い)と感じてました。つまり、私にとっては映画の登場人物からこちら(現実)側へ投げ掛けられた台詞に聞こえたんです。

前半の会議シーンでは日本の駄目なところ…というか、良いも悪いもなく現実をただありのままに描くけれど、後半では日本意外といけるじゃん!まだまだやれるじゃん!という流れ。「できる人たちの集まり・ニッポン」…でも、それって現実?

惜しむことなくビルや電車をガンガン壊せたり、実は裏の外交ルートがあったり、官民協力できたり、っていう映画の中の日本人の姿は、理想の日本のマニュアルというか、現実もこう在ってほしいという期待が込められているんじゃないかと。そのまま庵野監督からの「やってみせろよ?」というプレッシャーとして捉えることができると思います。

「私(庵野監督)は好きにした 君ら(日本人)も好きにしろ」。この映画のように現実の日本人も好きにしてみせろ。けど、果たして君らはそこまでやれるかな?という問い掛けを感じました。虚構から現実への挑戦状ですね。庵野さんは牧教授のような存在と言えるかもしれません。

 

ニワカ庵野信者、襲来

エヴァのドンピシャストライク世代ではないものの断片的にエヴァは追っていますし、それ以外の仕事や影響力の強さについてもなんとなく分かっているつもりでいました。風立ちぬも観たしね!ですが、庵野監督のことを心から「やっぱ庵野すげええええ!!!」って思ったのは正直この映画が初めてでした。職業:アニメ監督だと捉えていたので、なんで実写を撮るんだよと思ったのを心から詫びたい…ニワカでごめん…今だってニワカだけど…。何かを踏襲して意味を持たせたり、曖昧にしておいて深読みさせる余地を与えたり、いやぁこれはヲタク御用達ですわ!たまりませんわ!楽しい!

あと、「ラピュタは2時間だから良い」が持論の私にとってスピード感がたまりませんでした。けど、同じ2時間の中にエンターテインメントの全てを詰め込んだラピュタとはまた違って、『シン・ゴジラ』は不要な要素はバッサリ切り捨てていくスタイル!まぁ大抵の監督だったら大体ここでもうワンカット入れるだろうな、こういう台詞入れるだろうな、って想定できるような場面もたくさんありました。そんな過剰な泣きどころや恋愛シーンはなし!なのにエンターテインメント2時間!ふんだんなエキストラ!豪華俳優陣!顔のアップよりもロケーション!写真インサート!字幕字幕アンド字幕!あるものを使う、素材を生かす、っていうスタンスがモノづくり好きをうかがわせます。

そして逐一書き記したエンドロール。庵野秀明の登場率高すぎィ!○○アシスタント、○○補助、みたいな役割もきちんと書き分けていて、働く「人」へのクローズアップが高まる。細かいからこそ、日本の総力の結集が見られるとても素敵なエンドロールでした。あと、「レク(チャー)」とか「N700系電車爆弾(無人)」とかカッコ書きの律義さがじわじわ来る!この律義さがヲタク感たまらん!

 

描かれたもの感じたこと

「人間がいっぱい出てくるけど人間ドラマは深く描かれない」との前評判を聞いていたのですが、いや全然充分でした!登場人物のキャラクター性が強いんですね。典型がある感じが2次元っぽいかな。展開も劇的で、前述したようにしつこく泣きどころを作る訳じゃないのに、泣いてしまった場面もたくさんありました。パニックになって逃げ惑う人々や瓦礫の山となった大都会。内閣全滅、巨災対半数が犠牲になった悲しみ。命は重いものですがその扱い方の軽さに、済んだことや死んだ人を構っていられないくらい事態は重いし、ただ前進するしかないんだという残酷な正論が垣間見えました。

登場人物の誰がよかったとか好きとか言っていくときりがないんですが、2人の総理は印象に残っています。1人目の総理は、まさにあるあるというか、余計な発表をしちゃったり他人の意見に流されちゃったりというダメダメトップに最初は見えたんですが、実はすごく筋の通った国民愛の強い総理だと分かってからはすごく好きになりました。促されてではありますが決断自体は結構早いですしね。踏切シーンで攻撃を中止した理由が「責任を追及される」とかじゃなくて「自衛隊の弾を国民に向けることはできない」という信念に基づいたものだった場面…感動しました。とっさにあんなこと言える総理に国を任せたいものです。と、そこまで大河内総理という存在に思い入れるようになってきたところに内閣総辞職ビームは悲しかったです…。最期シーンすらない…それがこの映画の良いところなんですが…。そこから棚ボタ的に総理になった元農水大臣(豪州外遊中だった)がなんとまあ頼りなく見えたこと。めんどくさがらずに検討というものをしてくれ!とガッカリしました。ですが、フランスに頭を下げ続けていたこと、自ら責任を取って辞職するところまでシナリオを描いていたことが次々と明かされ、好感度はうなぎのぼり!!異なるタイプの総理2人、よかったです。

あと、「3度目の核兵器をこの国に落とす」決定を受け入れず、それだけはさせてはならないと捉えている登場人物が多いことに、「あぁ、そうだよな…そうでないといけないよな…」とじんわり思いました。「物語の中なら」、「怪獣を倒すためなら」、「日本を守るためなら」、核を受け入れる選択すらあり得ると思っている私がおそろしい。もしかして私は、核のある世界に慣れすぎているんじゃないか?即座に拒否反応を示すほど核の存在がおぞましいものだって、分かっているつもりでなんにも分かってないんじゃないか?ヒロシマナガサキは歴史上のことで、フクシマは共存しているもので、その是非も意義も自分のこととして深く考えたことはなかったんじゃないか?

「戦後」を生きてきた世代にとって初代ゴジラが戦争の悲哀と水爆の脅威の象徴であったように、「3.11以後」を生きていく私たちにとってのシン・ゴジラは、「いつまた動き出すかもしれない恐怖のタイマー」です。現実に置き換えて、それが何を指しているかは明らか。私たちの現実に慣れてはいけない。虚構の中だけでなく、私たちの現実にも凍結したシン・ゴジラはいるんだな、と感じました。

 

あーもう、書きすぎ!7000文字を超えてしまった!でもまだ30%くらいしか語った気がしてません!ここからは箇条書きで!

・帰ってきてからBGM集聴きまくってる。シン・ゴジラ、元ネタのゴジラシリーズ他、エヴァ。(あのリズムは踊る大捜査線だと思ってたくらい無知。)すごい良い音楽!

・主人公という概念がなかったので最初の頃矢口蘭堂に着目してなかった。

・タバ作戦の兵器総力戦で興奮した。

・勿論ヤシオリ作戦は最高に興奮した。

・ラストシーンの尻尾を見逃した。

前田敦子も見逃した。

石原さとみの英語は普通に上手だった。AEON悪くない。

・避難所のカレーが美味しそうだった。

高橋一生さんが佐々木彰生選手に似ていることに気付いた。

石原さとみの唇が歪んでいることに気付いた。 

・ヤシオリ作戦が『スパイラル~推理の絆~』対カノン戦の波状攻撃(反射の誘発のために効くわけない攻撃から順に仕掛けていくところ)を思い出させた。

・大阪駅のステーションシネマで観たんだけど、帰り道に見えたスカイビルやグランフロント大阪やJR大阪駅を、ゴジラが現れたら全部ぶっ壊してくれるよなー!どう壊すかなー!とワクワクした。

 

観た後語りたいことはいっぱいあるのに後味スッキリ!という貴重な両立ができているすごい映画ですね!細かい設定、オマージュ、意味、由来など議論考察の余地がたくさんで、これはサブカル好きな人に刺さる映画ですね!

爬虫類という苦手を乗り越えて観て良かったです!とりあえずもいっぺん観たいです!もう一度観たらまた新しい部分が面白くなる予感しかしない!はぁー観てる時も今もワクワクが止まらない!

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はじめての泡沫コラにチャレンジしてみたよ!

シン・ゴジラ」×「泡沫サタデーナイト!」