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映画「窮鼠はチーズの夢を見る」書き散らかし感想

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公開2日目、舞台挨拶ライブビューイング付きの回を観てきました。

この方式良いですね、全国で3万2000人が同時に観られる。

本編エンディング後の中継ということで、役者本人たちを見て余韻が薄れたら嫌だなぁと思っていましたが、むしろ役者とは切り離して恭一と今ヶ瀬という人物が独立して存在する感覚になり、良かったです。

あと、ネタバレ有りで語ってもらえたので、映画への理解が深まりました。


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原作未読です。手元に用意してありますが、原作を先に読むと「違い」を見つけて「比較」する見方しかできなくなる性分なので、あえて読まずに行きました。

水城せとな作品の予習としては、ちょうど夏頃に再放送していた『失恋ショコラティエ』のドラマを観ていたくらいです。

 

 

どこから語ろうかな。

とにかく書き散らかします。

 

 

とりあえず今ヶ瀬ほんとうにかわいい。

ワインを貰ったシーン、あれはかわいい。

来年の約束をする恭一の言葉も今ヶ瀬のリアクションも、ぐっときて嬉しくて泣いた。

映画全体の中で涙が出たのは唯一ここだけだった。悲しいシーンは泣かなかったな。カラカラに乾いている感じだった。

 

どちらかというと、全体的に今ヶ瀬に感情移入して観ていたように思う。

今ヶ瀬が報われると嬉しかったし、恭一が女と出会う気配を見せるとてめぇ~~ってなった。

恭一的な人が「優しい」人としてモテるのは実体験としてよく分かったけど、その分恨みもあるので(笑)「恭一を取り巻く物語」だな~~とは思ったものの恭一がんばれ~~にはならなかったな。今ヶ瀬のためにそこはがんばれよ!とは何度も思った。

  

そもそも「恋愛映画」って久しぶりだな…としみじみした。

恋の雰囲気にどっぷりと浸かる2時間、濃厚ですごく疲れた。

じっとりしていて、息が苦しい感じ。マスクしてたせいだけではなく。

 

言葉選びや選択肢を間違えて、お互い傷付け合うようなすれ違い物語が苦手なのでハラハラした。

そこでなんで一言言うてやらんかね!!と喝を飛ばしたくなる感じ。

たまきちゃんに「幸せだった」「そんなことしなくても忘れるわけないのにな」ってポツリとこぼす恭一の表情は自然で、紛れもなく本音だし、自覚あるならなんで今ヶ瀬にそれ言うてやらんのや!と憤りました。幸せになれず苦しそうな今ヶ瀬を自ら手放すっていうところが肝なんだとは分かるんだけども…。

映画キャッチコピーの「好きで、苦しくて、幸せ」の「幸せ」は、今ヶ瀬もだけど恭一だったんだなぁ~と舞台挨拶の時に考えてた。

 

映画で一番最初に出てきたものが大倉くんのお尻なの、最高だった。即脳内ツイッターに書き込んだもんね。「尻!!!!!!!」

裸のお尻もいっぱい見たけど、その自転車お尻が一番印象に残ってる。

後から友達と感想話してたら「あれ今ヶ瀬視点だよね」と言われなるほど!と腑に落ちました。

 

最初の奥さんに不倫がばれないかハラハラしてたけど、余計なことを口走る前に奥さんんの方が不倫を告白したのにはビックリした。

奥さんは夫の愛情を試し、恭一が取り繕った優しさで答えてるのかと思って観てたから見事にミスリードにやられた。

お風呂まで行くシーンは、なんかやましいことある人って自分から過剰に寄っていくよねって思ったのでそんなに疑問は無かった。

奥さんは、夫の無関心が辛かったのか、作り物夫婦が痛かったのか、愛情を求め彷徨う満たされない民なのか、まぁどれも含まれてるんだろうけど、あらゆる業が詰まってる夫婦でこれ一本で物語になるなぁと思った。

 

セックスシーンは不倫相手の女性とやるシーンが乳丸出しで、男性同士よりもそっちにビックリした。15禁…うーんそうか、これくらいで15禁なんだなー。18禁になったらもうそれはAVだもんな。男女とも見えてる部位は同じくらいだから、そうか女性も男性も乳首丸出しでいいのか。

あのクライアント女性とやる時、恭一が結構がっついてて意外だった。性欲ありまくりだし基本エネルギッシュだよね。流されまくりで受け身なのかと思ってたけど、枯れてるわけではないのが印象的。

仕事して、結婚相手がいて、不倫相手のもとに通って、元気だな~~。もはや恭一について話してる訳でもないんだけど(笑)、一般的にそういうことする人ってマメだし貪欲だなって思う。いっぱい遊んだら生活が疲れるじゃん。すごい。

けど、あれが恭一にとっては楽な生き方なんだよね、たぶん。理解できねぇ~~。楽しいかお前~~?????

 

BL愛好者とまではいえないけど普通の漫画読みなので、今まで読んできた物語でどこかみたことあるような、お約束がふんだんに入ってる物語だなと思った。ゲイがストレートに迫るとか、条件を出して行為を要求するとか(これはティーン漫画要素か)。

でもたぶんありふれてるのって元からありふれてた訳じゃなくて、水城せとな先生含む平成の商業BL作家がスタンダードにしてきた要素なんだと思う。偉大なことだ。

 

映画終わってから他の人の感想でよく見かけたゲイバーのシーンのゲイがコテコテすぎない??って疑問はわたしは気にならなかったな。

分かりやすい「ゲイらしさ」を誇張しすぎという言説も分かるけど。実在するゲイバーでエキストラ募って撮影してたはずだし、リアルじゃないって否定する必要はない気がする。

たぶん、よしながふみ先生が2丁目をああいう風に描写することが多くてそれに慣れていたせいもあるかも。ゲイモテファッションじゃないシロさんがモテないのとか。だからコテコテな人たちと馴染めない恭一っていうのは「世界が違う」で分かりやすかった。

その分かりやすさのために、ゲイをテンプレ化するっていうのは確かに功罪がある…というか、「ちゃんと」描いてるか?偏見無く見ているか?と視聴者の目が厳しくなるポイントだと思う。

 

恭一にとって今ヶ瀬が好きであり男性が好きな訳ではないのと同様、実は今ヶ瀬にとっても恭一は例外なんだよね。他のカレ(達?)は、ゲイバーにいるようなゲイだったし。ゲイの合コンファッション(これも「きのう何食べた?」用語です)じゃない点でいうと、恭一はもちろん今ヶ瀬もだし。

 

片方が好きになり「落とす」ような駆け引きの恋愛って、安定した生活になって続くものかな?というのがわたしの疑問で、実際そうならない2人だった。恭一の浮気=自分への本気を疑うことが今ヶ瀬の安寧であり、恭一を手に入れていること自体が苦しいかわいそうな人。たとえ恭一が積極的に満たしてあげたとしても受け入れる器を持っていなさそうな今ヶ瀬。

ラストシーンは、恭一が今ヶ瀬の居場所を空けて待つところ。カーテンを替え、身辺を整理し、それくらいで積極的に今ヶ瀬を愛していると言えるかよとは思うけど、恭一にしてみれば能動的にたまきちゃんを切ったのが=今ヶ瀬への禊なんだろう。そんな独りよがり伝わらんよ…と思うけど。

結局、今ヶ瀬の意志に委ねてるのが相変わらずずるい奴だなと思う。自分から今ヶ瀬迎えに行けよ~~!走れよ恭一~~!今もきっと泣いてんぞ~~!!

でも、あの30秒後くらいにガチャッガチャッと玄関のドアが開く音が聞こえてきそうだと思った。自分でも何を根拠に、と思うけど、今ヶ瀬は懲りずに帰ってくると思った。それはもしかしたら、愛されにではなくて傷つけられに、かもしれないけど。

きっともうすぐ扉が開く、と期待を抱いた瞬間にエンドロールに入ったからじーんときた。ガチャッ、おかえりの声でエンドでも良かっただろうけど、あの時間までを切り取っているのが映画として素敵に感じた。すごく綺麗だったし。

ビターエンドなのかな。限りなくハッピーエンドに近いビター。未来に希望のあるエンディングだった。

 

綺麗で言うと、肌の質感がリアルで、そんなに綺麗じゃないのが興味深かった。もちろん漫画ってツルツルの肌だから、たぶんわざと三次元感を出してるのかなと思うけど。

その中で、過去回想の新歓シーンだけキラキラしてた。恭一の肌感が二次元だった。目もキラッキラに輝いていたから、現在の恭一演技ではやっぱりわざと目しなせてるんだね。使いこなせる大倉くん適任すぎる。

 

ハイチェアにいる今ヶ瀬はかわいい。(またかわいい今ヶ瀬に話が戻ってきた)

たまきちゃんのチーズケーキの時とか、泥酔恭一を家にしまう時とか、マウントとる今ヶ瀬が生き生きしてて好きだった。

夏生先輩とのキャットファイトの雰囲気すげぇ好き。カールスバーグでせせら笑う今ヶ瀬、一番好きヶ瀬。その無言の戦いと笑いの意味を理解してる夏生先輩も、文脈読める人たちの賢い戦いだな~と思う。

夏生先輩は、今ヶ瀬が恭一のことを好きなのを分かった上で今ヶ瀬に恋愛相談するのひでぇ~~!と思ったし、「必死に別れさせようとアドバイスしてくるから笑ったよ」なんて傷つけようとしての言葉でしかなくて最悪~~!!

今ヶ瀬が「やっとここまで漕ぎつけた」って言うところ、余裕無さを見せちゃだめだよ~~と思うし、夏生先輩も「選べないの?!男と女だよ?!」「どっちを持ち帰るか決めて」って手札の中で唯一切れるカード(優位に立てる=女性だから選ばれる)を切っちゃうし、2人とも余裕無くてキリキリしててかわいそう。恭一もモテて嬉しいなんて感情はないだろう。

 

ちょっとした心の動きを台詞で説明せずに視線や表情で描くのが上手いなぁと思った。

たとえば、チーズケーキのところで今ヶ瀬が何言い出すか不安になるけど「友人です」と言ってくれてほっとするようなところとか、肩を抱いたまま歩こうとしてモブに不審がられないよう外すところとか。ビルの屋上のおばちゃん視点も、2人の閉じた幸せな世界が周囲からどう思われるか、だと思うし。

あと、灰皿とジッポと煙草や、カーテンなどの物で語る演出も上手くて、良かった。今ヶ瀬は戻らないんだな~と思ったし、今ヶ瀬戻ってきたんだな~と思ったし、今ヶ瀬を待つんだな~と感じ取れた。


映画館で、スマホの電源を切って2時間集中して観るっていうのは情報の入ってき方がTVドラマとはやっぱり全然違うので、映画ならではの見せ方って良いなぁと思った。たぶんTwitterしながらだったら気付けなかったこととかいっぱいあった。
観た映画館のスクリーンが1番大きなところで、すごい静かな中で何百人と一緒にセックスシーン観るのは気まずさもあったけども。(一席空いてて良かった。)クローズドな空気が雰囲気づくりの一端を担っていたなとも思う。

 

「窮鼠 原作ファン」のサジェストが荒れてるのを見てしまうと心が痛む。原作未読の身で映画窮鼠褒めてすみません…みたいな気持ちになる。

言葉を削っている件に関して、未だ原作を寝かせているわたしの見解。

モノローグって、漫画以外のメディアですごく取り扱いが難しい。それこそ『失恋ショコラティエ』のドラマで思った。綺麗で本質を突いた言葉であればあるほど、どうしても浮いてしまう。

原作未読だから、モノローグ含め「無い言葉」について気にならなかったのはある意味幸いだったのだと思う。

だけど、原作ファンはその「言葉」をきっと愛してる。それこそが水城せとな先生の世界だし、装飾ではなく本質だと考えてる人も多いはず。それはめっちゃわかる。

 

物語は原作と原作者ありきが大前提だし、後乗りメディアミックスの出来にモヤる気持ちはめっちゃ理解できる。

独自の味付けしたものを同じ名前で出すなよって思う気持ちはすごいよく分かるし、解釈違いとか最悪ってなるのも分かるでしかない。これまでそんな風に扱われたわたしの大切もいっぱいあった。

 

だけど忖度無しに、わたしは窮鼠良い映画だったと胸張って言う。

 

原作より先に映画を観て、素直に「良い映画」と思った。

「『窮鼠はチーズの夢を見る』の良い実写映画化」かどうかは、分からない。それは原作未読のわたしには評価できない。

だけど、この後大切にとっておいた原作を読んで「良い漫画」だと感じたとしても、映画を良いと思ったことは忘れたくない。その感情を上書きしない。

映画も、漫画も、どちらも良いと思いたいからこそ原作未読のまま映画に臨んだんだし。

 

 

海は本当なんで急に行ったのか…と思ってたので、舞台挨拶で監督が言った「イメージ映像かもしれない」「精神的心中の道行き」という言葉が腑に落ちる感覚だった。

もう一つ唐突に感じたのは「恋愛でじたばたもがくより大切なことが人生にはいくらでもあんだろ」の後で、だから「別れよう」かと思ったら「一緒に暮らそう」でビックリした。じたばた傷付け合う恋人関係じゃなくステディを約束しようというプロポーズだったんだよね。

物語自体がハッピーエンドに向かうのか2人は結ばれるのかまっさらでハラハラ観ていたので、ここはおぉ!と盛り上がった。言葉足らずじゃない恭一にほっとした。けど、それが逆に不安を生むのが人間の難しいところだよね。窮鼠でなくても、これは本当に難解。

この台詞もそうだし、別れる選択もそうだし、嫉妬や猜疑心から今ヶ瀬を解放してあげたい恭一は一貫していたんだなと思う。

 

印象的だなと思った台詞は今ヶ瀬が恭一に言った「人を好きになることって、見た目が綺麗な人がいい思いさせてくれることではないですよ。そんな完璧な人をみんな探してると思ってるんですか?」みたいなくだり。あれよかった。

本当にそれが「恋愛」だと思ってるやついるよな~~と思った。「付き合う」をそう思ってる人もいる。人それぞれだから悪い訳じゃないけど、今ヶ瀬の綺麗だけじゃない本気の恋に対して、恭一の覚悟のないぬるま湯人生がよく表れてる指摘だなと。

「本気で人を好きになったことありますか?」ってつまりは「僕は本気で貴方を好きです」なんだけど、恭一は全然ピンとこなかったんだろうなとも思う。そんなやつ相手にもがいてもがいて恭一なりの本気を引き出した今ヶ瀬は偉い。よくがんばった。

 

心底惚れるってすべてにおいてその人だけが例外になっちゃうってことなんですね」は予告で聞いてた時より、映画中で聞いたら何百倍も響いた。

好みじゃない人を愛したり、相性の良くない人と一緒に居たかったり、好きの感情は本当ままならないよね。

 

流され侍じゃなく、ちゃんと断れるようになった恭一。「戻ってきちゃった」って言葉でたまきちゃんをふる恭一ひでぇ。部下と婚約破棄してどんな顔で会社行くんだろ。居場所無くなりそう。でもそれが選択なんだよね。

何度も言うけど、視聴者には伝わっても今ヶ瀬にはその気持ち届いてないからはよ電話して言うてやってくれ。でも今ヶ瀬の方も、不幸じゃない恋をするためにこれまで通りの繰り返しじゃだめだし、恭一を傷付けた代償を追った上で自分の足で戻ってくるという行為が必要なんだろうな。

 

「何か言うのを待ってる空気が気持ち悪いの」ってちゃんと言って別れたちかこさんは偉いと思う。恭一にもっと刺さってほしかったけど。


大倉くん、ちかこさんを週末映画に誘う不自然さとか、グラタンちょっと食べようかなとか、嘘や取り繕いが下手、という演技がよくできていたと思った。

乳首当てゲームの時「やばいやばい」ってイントネーションはめちゃくちゃ素ですね。

骨折は気にならなかった。印象的だった白いスニーカー、監督が履いて出てきたのにはビックリした。

 

夏生先輩、黒の下着なのが良し。肉付きが夏生先輩らしさあった。たまきちゃんのほっそい脚が恭一の部屋着から伸びてるの、綺麗で最悪だね。

部屋のインテリアの変化や服のやりとりで関係性を匂わせるの映画ならではで良かった。

通勤してたり街にいる人たちが酔っ払って騒いでたり、そういう肉付けがしっかりあって、雑じゃなく丁寧に撮ってる映画だなと思った。

 

最初恭一がネコでへ〜〜っと思ったけどノンケ相手だとその方がいいのかな。タチに逆転するのは愛情的にも意味深かった。セックスシーンの裸はそんなに驚かなかったけど、音がリアルだな〜とは思った。肌と肌の触れ合う音が映画館に響き渡る。

 

中華料理屋に始まりずっと何かしら美味しそうなご飯食べてるかセックスしてるかで、欲が満載の映画だった。

今ヶ瀬が夜中にケイタイチェックしてるのを一度は怒るけど、二度目にまたその姿を見ても今度は見逃すの地味に印象的だった。今ヶ瀬の好きにさせる。

帰ってくる今ヶ瀬のために寝る場所を空けてあげるのとか、ちゃんとそういうことできるんだよね、恭一は。お人好しで自己中心的なだけじゃない、魅力があった。

そういうとこなんだよなー。ほんとずるい。好きになっちゃう。今ヶ瀬も皆も、良い男に惚れたね…とは思わないけど!悪い相手との泥沼も人生の根幹だったりスパイスだったりするよね!

「馬鹿だねぇお前は…」なんてあの目で頬撫でられながら言われて、その沼から抜け出すのなんて無理だし一目惚れしてしまったらもう仕方ない。全力で手に入れようとした今ヶ瀬はえらい。褒めるの何度目。

 

じーーっとりした何かが今も胸に残ってる。

恭一と今ヶ瀬と一緒にもがいて、喜んで、くるしんで、想って、そんな濃厚な時間を映画館で過ごせて良かった。

あと、映画発表されてからずーっと長い間謎だったタイトルの意味。映画を観てようやく少し理解に近付けた気がして嬉しかった。

 

さて、それでは原作漫画を大切に読もう。